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村上龍氏の訃報があった。74歳だったそうだ。
村上龍氏については、特別好きな作家だったわけではない。それでも、ひとつの時代を代表し、文学史に名を残すような、存在感のある作家だったのだろうとは思う。
坂本龍一氏も71歳で亡くなっているが、著名人というのは案外80歳まで生きずに旅立っていくものなのだなと思う。それだけ人生を激しく生き、心身を消耗してきたのかもしれない。
一方、私の両親は健在だ。二人は同い年で、もう85歳ぐらいになるはずだ。
母とは絶縁している。父は現在、認知症の人たちが暮らすグループホームに入居している。
今日、その父に電話をした。
「お元気ですか」
「元気です」
お互いにそんな言葉を交わしただけで、あとは父の方から電話を切る。もう、その程度のやり取りしかできなくなっている。
父の声も以前に比べてずいぶん弱々しくなった。電話越しにも、老衰が進んでいることをはっきりと感じる。
先ほど、眠っている間に、なんとなく物悲しい夢を見た。
どこか東南アジアの国で、貧しい子供たちと戯れているような夢だった。内容そのものは決して寂しいものではなかったのだが、夢全体に、どこか雰囲気が寂しい漂っていた。
村上龍氏の訃報と、父の弱々しい声を聞いたことが重なって、少し寂しい気持ちになったのかもしれない。
父については、今後さらに認知症が悪化していけば、現在のグループホームから精神科の病院に移り、そのまま最期まで病院で過ごすことになるらしい。
母とは絶縁していることもあり、父が病院に移ったとしても、おそらく誰も私には連絡してこないだろう。
私が今の施設に電話をして、初めて「病院に移りました」と知らされのだと思う。
私にとっては、その時が事実上、父との死別、今生の別れだと思っている。
取り留めもなく書いているが、どれほど存在感のあった人でも、時が来れば次々と旅立っていく。
そして、いずれ自分にもその順番が回ってくる。
もっとも、私は80歳まで生きたいとは思っていない。70歳まで生きられれば、それで十分だと考えている。
下手をすると私の方が両親より先に旅立つ可能性だってある。
だからこそ、残された人生をどう充実させていくか。
私自身、今も生活や環境にいろいろな変化がある。これから先も何が起こるかわからない。どうだろうが、やはり生きて、生き切るしかない。
結論は特にない、ただ、書いておきたくなっただけ。
読んでくれた人、ありがとう。
死ぬまで生きます。生き切りたい。


